魚の感想

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バニーガールと怪談

私はこの盆休み、地元に帰って友達とバニーガールラウンジで飲んだ。

そこでは、バニーガールのお姉さん達が隣に座ってお酒のお世話をしてくれたり、お菓子のゴミを捨ててくれたりするのだ。

 

ところで私は人から怪談を聞くのが好きだ。怪談というほど成立していなくても構わない。

ちょっと変な話ってレベルでもいいが、それは実体験であったり、かなり親しい人の話でなければダメだ。そうでないと、リアルさというか深みみたいなものが足りないのだ。

そして、そういう話はいきなり「怖い話とかない?」と聞いてもだいたい出てこない。

なぜか人は急に体験談を求められると話せない、忘れている。こういう話を聞き出すときは話の流れというものが必要である。

 

私はまず、隣に座ったバニーガール(赤いバニースーツを着ていて、ほどよい肉付きだった。歳は20代前半だという、確かにその肌のハリは若々しかった)に、女性だとそういうことはないのかもしれないけれど、温泉に行くとかなりの確率で金玉がめちゃくちゃでかい老人がいたりする。という話をした。

女性だとちょっと分からないかもしれないけど、金玉のでかい老人を見たりすると、自分もいつか何かの病気で金玉が巨大化したりしてしまうのではないかと不安になるのだ。もちろんその老人が病気なのか、単にサイズが大きいだけの人なのかは分からないけれど、パッと見でどうしても何かの病気に見えるんだ。というようなことを言った。

するとバニーガールのお姉さんは、私もハムスターを飼っていた時があって、その時に色々調べたところだと、ハムスターの中には金玉がすごく大きくなってしまう子がいるらしい。それは病気とかではないのだけれど、飼い主はそれを見つけて慌てて動物病院へ連れていく。そして獣医から「金玉がでかいだけです」と言われるだけ、ということがままあるらしい。という面白い話をしてくれた。

私はその話を聞いて笑いつつ、お姉さんの網タイツを見ていた。ちなみにその店では5,000円で網タイツを破ることができるサービスがあったのだが、私を含めて連れの友達は誰もやりませんでした。

 

お姉さんの網タイツを見ながら、私の悪酔い状態の脳はオーバーワークで次の話題を紡ぎ出した。

それはまるで網タイツの繋ぎ目のように粗っぽく私の脳内で関連付けられた話題だった(こう書いておくとなんだか文学表現っぽいので書いておこう)。

「今は何か飼ってるの?」と私は聞いた。

 

「今はハムスターは飼ってないけど、犬1匹と猫1匹飼ってる」

「犬猫はすごいね、家賃とか高いでしょ?」

これは偏見だが、私は勝手に、こういう夜のお店で働いている人は男女問わず犬や猫を飼っていて、家賃が高かったりして困っているイメージがあった。

「いや、家賃はそんなに高くないよ、5万くらいかな」

「5万!?」

月5万円というのはペット可の物件にしては安い。

 

「それ大丈夫なの? 事故物件とかじゃなくて?」

このとき私の中では怪談系の話に持っていこうと決めていて、なんとかこのバニーガールのお姉さんから面白い話を拾えないかと画策していたのだ。

「猫がジッと部屋の一点を見つめて動かなかったりしてる?」

「あっそれめっちゃやってる! ずーっと何もないところ見てる!」

「事故物件じゃん!」私は少し大袈裟に笑ってみる。

「いや、でも! 事故物件じゃないよ! ちがうちがう、多分そういうんじゃない」

「なんかそういう話とか無いの?」

「う〜ん、いや、あるよ? でも猫と関係ない」

そう言ってお姉さんは話を始めた。私は酔いが限界近かったが、途中で相づちを打ちながら、赤のバニースーツが作り出す胸の谷間を凝視して意識を保った。

 

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ある夜、お姉さんは車を走らせていた。するといつの間にかフロントガラスが汚れている。しかも沢山汚れている。なんだ? と思ってよく見てみるとそれは人が触った跡で、沢山の手形だった。

 

お姉さんは、これは明らかにおかしいと瞬時に気付いた。自分の車のフロントガラスを触るなんてこと、彼女は絶対にしないからだ。それに、手形の中には不自然な向きの手形もあった。それは、手首の付け根を上にして付いていたのだ。たとえ不注意で触ったとしても、そんな手形にはならない。

「ひょっとしたら、子供、姪っ子かもしれないと思ったけど、姪っ子は小さいからいつも後ろのチャイルドシートに座らせて、前には座らせないようにしてるし、絶対姪っ子でもないんよ」

 

彼女のその“姪っ子”の言葉の部分にちょっと詰まりがあったので、私は実はその部分に嘘のニュアンスを感じた。具体的にいうと姪っ子じゃなくて自分の子供なのでは? と思ったりしたのだが、そういうところに触れてはいけない。本筋と関係ないし。

逆にいうと、彼女の話にはその部分以外で嘘のニュアンスを感じなかった。

 

それで彼女の言うところでは、それは恐らくその当時付き合っていた男のせいだと言う。

彼女自身も意味不明だったらしいのだが、当時の彼氏は何かに呪われていたらしい。

月に1回お坊さんがお経を上げにくるとか、枕元の壁にお札が貼ってあるとか、他にもお札が家の至る所にあったりだとか……。

「それは、何のためなの?」

と私は聞いたが、彼女は人の家のことなので分からなかったという。ただ彼女は、この人は呪われているんだろうな、と思っていたらしい。

そんな人と付き合っていた時、車に手形が付いた。だからこれは呪われた彼氏の影響であって、今住んでいる月5万円の家とは関係ない。と言うのがバニーガールのお姉さんの話であった。

お姉さんの話はなんだかどこかで聞いたことがありそうな話だが、そこには実体験の生々しさが匂っていた。

 

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「その車はどうなったの?」

「その車は怖すぎて廃車にしたし、彼氏とも色々あって別れたからもう大丈夫なんよ」

そう言いながらお姉さんはテーブルの上のお菓子のゴミとか灰皿を片付けた。お姉さんがテーブルに身を乗り出して、物をいろいろ掴むとき、脇腹からバストトップにかけてできるなだらかな赤い丘陵を横から眺めた。

「それ以外で変なことは無いの?」

「無いよ。車だけ。それで、廃車にしたし、まぁもう大丈夫かなって」

 

ここらへんのなんとも言えない絶妙なタイミングでボーイが来て、時間を告げたので、私たちは店を出ることになってしまったのだが、最後にお姉さんと

「その車って新車だったの?」

「そうだよー。マジでもったいなくない? でも新しい車ももうあるよ」

「そうなんだ。いやぁ残念だったね」

という会話をした。最後にチラッと谷間を拝んでおいた。

 

お姉さんの話は全ての要素が関連しているだろうか? 5万の賃貸物件、車、彼氏はそれぞれ独立した話のような気がするし、全部関連するものとして解釈することもできる気がする。

 

車を廃車にしたから全部解決した。というのはちょっと無理があるような気がする。

呪われた彼氏の影響で手形が出たなら、影響したのは車ではなくて彼女本人のはずである。なのに廃車にしたから解決として大丈夫なのだろうか?

 

猫が部屋の一箇所を見つめて不気味、という話は猫を飼っていればよくある話らしいので、事故物件ではないのかもしれない。しかし月5万円というのは安すぎる気がする。

彼女が5万の物件に出会ったタイミングと彼氏と別れたタイミングを聞いておけばよかった。もし時期が重なっていたら彼氏の呪いが5万の物件を呼び寄せたとか、そんなことを考えてもいいのかもしれない……いや、無理があるかな?

 

つまるところ、お姉さんの5万の物件と車と彼氏の話は、もしかしたら細い糸で繋がっているのかもしれないが、それは彼女の中ではあまり意味を成さない弱い連鎖で、論理的に考えるとすぐに破壊できるのだろう。だから彼女は車を廃車にしただけで満足できたのだ。

そう、バニーガールの網タイツのように、それらの関係はスカスカですぐに破ることができたというわけだ……お後がよろしいようなので、ここらへんで終わりにしようと思う。

 

最後に、この店で1人1万円くらい飲んだのだが、私はあいにく手持ちが7,000円しかなかったので友達に借金しました。