魚の感想

twitterの外付けの感想置き場として使っています。

丸の内サディスティック(自分ver.)


報酬は入社後下降線で

投票は行けど何にもならん

 


家エーペックスする空間だ

19万に月給ダウン

お茶飲み過ぎ

 


口臭の匂いで飛んじゃって大変さ

うまい棒絶対にこぼして拾うの件

 


ぷらっとしてると職場の人キレるさ

掃除したら全身が急に鬱ってダルって

 


最近は便座で軽サボっ子

残業を超えても上司引っ張る

 


申請書書いて10万

贅沢なんてできてない

生活費へ

 


将来像になんて言及しないでほしい

毎晩ツイッターで無理って言うだけ

ヒザやだなもう汗かいて痛い

そっとしたら元気になるから今はかまわんで

 


鼻かんで血ぃ出「ちょっ、マ??」

充分でっかい圧迫感

癒えぬ疲労

 


マンションの臭いは隣人のせいらしい

うまい具合絶叫にフタしているだけ

グラッと来てると職場の人に言えぬさ

そしたら元気が急に消えて無理っす

 


しょうもないストーリーなんで勘弁してほしい

毎晩残業っていう“儀式”だけ

ピザ屋の角っちょに立っていたい

起きたら現実、明日も捨てちまうんで

蜘蛛の糸、蛾の羽ばたき

春先、コロナウイルスで社員がほぼリモートワークになっていたのに、デスマ案件を抱えた僕のいるチームはバリバリ出社していた。

コロナ禍の中、少数精鋭で出社する姿はまさに黒の教団のエクソシスト調査兵団みたいな面構えになっていく我々。なぜ私はここにいる? と気付いたらミュウツーみたいなことを考えていることもしばしば。

 

リモートワークにはならなかったものの、さすがに会社も感染対策に全く無頓着なわけではなく、窓を全開にして換気を行っていた。

 

ところが、会社の窓には網戸が無いので結構虫が入ってくる。

特に定時を過ぎたあたりになると、光で集まるのか、ホコリみたいに小さな虫からブンブン音を出す虫まで、色んなサイズの羽虫がデスクの周りに飛んでくる。

 

その日も、キーボードから手を離して所在なくデスクの上に置いた僕の手を、小さな羽虫が這っていた。

 

あぁ……虫がいるな……くらいの認識で僕は小さな白いホコリのようなその虫を眺める。

 

僕は虫への嫌悪感が小さい方だと思う。

ブンブン音を出すタイプの虫が顔の周りに迫ってきたら手で払うし、ゴキブリとかも好きになるのは難しいが、この程度の小さな可愛い虫が手を蹂躙しているところでなんのことはない。

文字通り、全ては自分の手のひらの上だからだ。(孫悟空をこらしめるお釈迦様かお前は)

 

今日はこのホコリみたいな虫がたくさん来ているらしい。色んな人のデスクにお邪魔して作業を妨害している。

虫を見つけた社員は叫び声に似た悪態をつきながら虫を殺しにかかる。大の大人が小さな虫1匹に格闘しているのは滑稽で面白い。

 

僕は自分のところに来たホコリ虫を潰さないように指でそっとデスクの隅に着ける……さぁ逃げなさい。気まぐれで生き物を助けるのは気持ちいい。

 

そのままホコリ虫はどこかへ行ってしまった。

 

楽しい来訪者も来たりするが、基本的に仕事は楽しくない。今日も今日とてハチのようにチクチク言われる。

 

その作業まだやってるの? あの仕事やったの? あれの管理どうなってるの? なんでできないの? どうすればできるようになるのかちゃんと考えてる? なにが言いたいの? 向いてないんじゃないの?

 

そんな風に言われ続けるものだから、自分の社会的存在価値を疑ってしまう。

 

ゴキブリは嫌われているが、街のゴキブリは人間の食べ残しや酔って吐いたゲロなどを食べて掃除しているらしい。

もしかして、トータルで考えたら自分よりもゴキブリの方が社会の役に立っているのではないか? そんな風にも思える。

 

話は逸れるが、ゴキブリはエビフライの尻尾と成分が同じだとよく言われている。ということはゴキブリって揚げたら案外ウマイのではないか?

 

あっ、人間のゲロを食べたゴキブリを揚げて食べたら……循環型社会になるのでは?

 

僕は言葉で詰められながらよくボーっとこんな妄想をしている。話は聞いていない。これはもうクセのようなもので、激しい言葉をかけられると思考が現実から逃げるのだ。

 

早く話終わらないかな……現実に戻りたいんだけどな……

 

しかしリモートワークで人員が減った社内には、違う話題で説教を逸らしてくれる人どころか、僕を哀れみの目で見てくれる人もいない。

この説教地獄はどこまで続くのだろうか? そう思ったとき、1匹の蛾がヒラヒラと蛍光灯の周りを舞っているのを見つけた。

 

蛾はヒラヒラと舞い、僕が説教を受けている真上へ来ると、そのままゆっくりと下降してくる。

こういう類の虫は光に走性がある。その本能を無視して、僕と上司の間に降りてきた。

 

上司としては目の前にいきなり蛾が現れたのだからたまったものではなかったのだろう。うわぁと思いっきり手で払いつつ、たじろいで距離を取る。

距離を取った上司にならって、僕も距離を取ってビックリしたフリをする。2人の間にいい感じのソーシャルディスタンスが出来上がった。

 

僕はそのまま勢いで自分のデスクに戻ってしまう。上司もなんだかペースを乱されたようで、そのまま説教が終わった。

 

自分のデスクに戻ってみると、なんとあのホコリ虫がデスクの上にいるではないか。

お前、仲間を呼んでくれたのか?

 

みなさんは、虫に助けられたことがあるだろうか?

 

僕はある。

(カンダダかお前は)

いつもありがとうございますが恥ずかしいという話

大学生のころにこじらせ、自分の行きつけの店というものが欲しくなった。だいたいの芸能人とかが持ってるアレだ。

 

「学生時代はいっつもここで飯くってましたね」”この場所が今の○○のルーツなのである”

 

みたいなセリフとナレーションが入るような場所。そういう場所を持っているのと持っていないのでは今後の人生の深みが変わるような気がしていた。

行きつけの店……それは家と学校以外の自分の居場所、違う仮面をかぶることができる場所、青春を思い起こすことができる場所。

もしかしたら子供のころに憧れた秘密基地と同じものだったのかもしれない。漠然とした憧れであったが確かに僕は行きつけの店を求めていた。

 

こじらせている……なんともこじらせている……僕はそういう人間だった。

 

そして色々と考えた僕が選定した行きつけの店(予定)は近所のチェーンのラーメン屋だった。

 

そのラーメン屋は、家から徒歩圏内で、あまり高くなく、なおかつラーメンという食べ物が学生っぽいからという理由で選定したのだが、そもそも行きつけの店というものは選定するものではなく生活の中で通っていた……というものであるはずなので、選定するという考え方から間違えている。

しかし生活のなかにそういった青春の1ページとして飲食店が選ばれるような人生は送っていなかったので、自ら選定するしかなかったのである。

 

ともかく近所のラーメン屋を行きつけの店にしてやろうと思った僕は、お金に余裕があれば休みの日はラーメン、平日でも晩飯をラーメン、学校からの帰りにおやつ感覚でラーメン……と1ヶ月ほどそのラーメン屋に通い、端っこの席で一番安いラーメンを食べ続けた。

 

そしてついに言われたのだ「いつもありがとうございます」と……。

 

「いつもありがとうございます」その言葉は店員が僕を常連と認めた証である。これはもう、このラーメン屋を行きつけの店と呼んでもいいということであった。

なけなしの学生の資金をひたすらラーメンにあて続け、とうとう僕は憧れだった行きつけの店を手に入れたのだ。

 

が、しかし、この時の僕の胸の内に喜びの感情はなかった。「いつもありがとうございます」という言葉から僕の体に恥ずかしさが染み渡ってきたのだ。

自分から認められていることを欲していたはずなのになぜ恥ずかしくなったのか? ただとにかく店員に認知されているということがひたすら恥ずかしかった。「いつもの」と言うと同じラーメンが出てくるような店との関係を求めていたはずなのにそのかなり前の段階である「いつもありがとうございます」がひたすら羞恥だった。

 

僕はこのとき行きつけの店を持つということをちゃんと理解していなかったのだ。行きつけの店というものはただ通っているだけではダメなのである。その店の常連客にはなれるが、そこから店との関係を維持し続け、他人にも紹介できるような行きつけの店にするには店員とのちょっとした人間関係を築く必要があったのだ。

 

そしてこのとき、僕は店員から投げつけられた「いつもありがとうございます」という最初の人間関係を無視してしまった。

次の日から僕はそのラーメン屋に行くことをやめてしまったのである。また行くのがとにかく恥ずかしかったのだ。「いつもありがとうございます」と言われたくらいで行くのを止める非常にめんどくさい客だと自分でも思う。

 

ーーー

 

それから大学を卒業して、就職した。

僕はここでもまた「いつもありがとうございます」を浴びることになる。

 

僕の勤めている会社が入ってるビルの近くにはコンビニがある。昼休みはここのコンビニで弁当を買い、会社のビルの中にある休憩室で食べるのだ。

コンビニというところはかなり人の出入りが多いところではある、特にオフィスビルが近くにあるコンビニの昼は多いはずだ。なので僕が毎日毎日弁当を買っていたところで店員に認識されることはまず無いだろうとタカを括っていた。

 

しかし僕の何かが印象に残ってしまったのか(スーツなのにクロックスを履いている

ところか、結び目がビロビロのネクタイか、絶対に弁当を温めないところか)店員に顔を覚えられてしまったらしく、ある時期を境に「いつもありがとうございます」と言われるようになってしまった。

 

予兆はあった。

なぜか店員が「お弁当温めますか?」と僕にだけ聞かなくなっていたのだ。

 

お昼のラッシュ時に混み合うレジでも店員は「お弁当温めますか?」と客の1人1人に聞いてレンジを回す。レンジが鳴ったら弁当を出して袋に詰め、「お待たせいたしました」と言って客に渡している。

僕は毎回弁当を温めることを断っていた。何故かというとレジの前で待つのが気まずいのだ。店員さんにわざわざ温めてもらう手間が申し訳ない。同じ理由で店員に取ってもらうおでんも注文するのが苦手だ。

ただしホットスナックは別だ。あれはとっても食べたくなる時があるので店員さんに取ってもらうのもやぶさかではない、というよりも取ってもらうしか手に入れる方法が無いので頑張っているのである。複雑な名前のチキンとか注文するときめっちゃ緊張する。

 

話が逸れてしまったが、とにかく店員は「温めますか?」と必ず聞いてくる。それが通常のコンビニレジの対応だ。

だがそれが、何故か僕の時には無くなった。前の客には聞いてたのに……ワンスキップである。何故だ? 舐められているのか? そう思った2日後くらいに「いつもありがとうございます」と言われた。オイオイ待ってくれよここでも言われちゃうのか? 勘弁してくれ……僕は1度同じことを言われて自分の面倒臭いな内面を認識さられたんだ。もうその言葉は卒業したかったのに……

 

コンビニでまたしても「いつもありがとうございます」と言われた時、僕の胸に湧いた感情はやはり羞恥だった。

 

いつも行くコンビニで自分のことを店員が認識していることを想像してみてほしい。とっても嫌ではないだろうか? あなたはいつものコンビニでどういう人間だと思われているのか想像してしまわないだろうか? 変なあだ名とか付いているんじゃないだろうか?

僕の場合は「クロックス」とか「ビロビロネクタイ」とか「冷やご飯」とかあだ名を付けられているのかもしれない。そう考えると「いつもありがとうございます」という言葉が単純な感謝ではなく、一種の嘲笑のようにも聞こえる。

 

 

いや、それは考えすぎだ。そうも思う。

しかし本当のところはどうなのか? 正解は? 疑心暗鬼が止まらない。

 

やっぱり自分が印象に残ったということ、店員に認識されているということが恥ずかしい。

そして店員からの「いつもありがとうございます」を素直に感謝の言葉として受け取ることが不可能な自分の性格も恥ずかしい。

 

ーーー

 

そしてこれは本当につい最近の話である。

もう僕が言葉の意味や自分の目的にかかわらず、とにかく「いつもありがとうございます」と言われることに恥ずかしさを覚えてしまう人間であることは理解していただけたと思う。

 

先ほどコンビニでも言われてしまったと書いたが、コンビニは僕にとってはライフラインであるので学生時代のラーメン屋のように言われたからといって次の日から行かなくなったということは無い。

しかし代替案というものも欲しくなってくる。特に最近はコロナウイルスの関係であんまり人が集まるような場所は避けていたい。

 

そう思っていたところ、会社の近くの餃子屋が中華弁当を売っていたのだ。

試しに買ってみたところ、そこの店主が思っていたよりも嬉しそうになり、感謝されてしまった。ここらへんの内容はつい最近のブログにも書いたと思う。

 

弁当も美味かった。味も量もいい感じで、金額もすごく安くはないが相場といったところだったし、なにより温度が暖かかった。

いつも冷たい弁当を食っているのは完全に自分のせいなので、冷たい弁当に文句があったわけでは無いが、久しぶりに暖かい弁当を食べるとより美味しく感じたのである。

 

このとき僕が食べたのは唐揚げ弁当だったのだが、その店ではあと「餃子弁当」と「生姜焼き弁当」と「日替わり弁当」の4種類の弁当を売っているとのことだった。

そこの弁当が気に入った僕は、ひとまず4種類全てをコンプリートすることにしたのだ。まぁ日替わり弁当は毎日変わるので、実質3種類だけなのだが……

 

次の日僕は同じ店で日替わり弁当を買った。なぜ日替わり弁当にしたのかというと、その日の日替わりの中身が唐揚げと餃子だったのである。本当は餃子弁当を食べてコンプリートに近づけたかったのだが、昨日の唐揚げがとても美味しかったので誘惑に負けてしまった。

日替わり弁当の唐揚げも餃子も美味しかった。

「なんだ、餃子もちゃんと美味しいじゃないか。明日は餃子弁当にしよう」

 

そして次の日、僕は餃子弁当を買った。

すると店主がはじける笑顔で

 

「いつもありがとうございます!」

と言ってきたのである。

 

オイオイオイオイ!

早くねぇ!?

 

早いよ! 全然“いつも”じゃないじゃん! まだ3回目じゃん!

あなたの店の料理、まだ唐揚げと餃子しか食べてないよ!? 生姜焼きの味知らないよ!?

 

ラーメン屋は1ヶ月、コンビニは1,2年ほど経ってから「いつもありがとうございます」と言われた。ところがこの餃子屋は3回目でである。

なんだこれは、いつもありがとうございますRTAなのか? TASさんがいつもありがとうございますをやるとこうなるなのか? 早いよ、そして恥ずかしいよ、喜ばれてるのは伝わってきたんだけどやっぱり恥ずかしいよ……

 

というわけで、まぁ、コロナで大変なんだろうし、とりあえずゴールデンウィークが終わったら生姜焼き弁当を食べに行こうと思います。

 

以上、恥ずかしいんだよという話でした。

最近の○○

こんちゃ、魚の精巣です。

 

今日はあんまり労力使わない近況報告ブログみたいな感じにします。

 

最近の労働

出社してます。以前と変わらないです。

 

最近の休日

外出自粛の世の中なのでゲームや読書やブログが進むかなと思っていたんですが、ただ寝ているだけの日が結構多いです。

 

最近の読書

読んでないことはない。

干物妹!うまるちゃん

うまるちゃんのマンガは気になってたのでこれは好機とばかりに一気読みしました。

最初の2,3話だけウェブから読めて、あとはアプリをインストールしないと読めないんですが、特に会員登録もする必要なかったのでストレスは無かったですね。

 

本気を出せば2日くらいで全話読み終わります。

ちょっとした続編(?)の干物妹!うまるちゃんGとか海老名ちゃんのスピンオフも全部読めます。

2日間ずっときりえちゃんの可愛さに悶えてました。きりえちゃんの可愛いが過ぎる……

 

ひだまりスケッチ10巻
ひだまりスケッチ (10) (まんがタイムKRコミックス)

ひだまりスケッチ (10) (まんがタイムKRコミックス)

  • 作者:蒼樹うめ
  • 発売日: 2020/03/27
  • メディア: コミック
 

 我が聖典の1つ、ひだまりスケッチ

安定の日常感で素晴らしい。でも確実に成長しているゆのっちと、徐々に近づく受験・卒業の空気を感じてさみしい……

こんな風に思いながら読んでいる最中、ゆのっちを親目線、いや、先生目線で見ている自分に気付きました。

もうゆのっちを性的な目で見ていたあの頃の自分はいないのかもしれませんね……

(いないったらいない)

 

そういえば、最近は先生同士の横の繋がりの描写も増えてきた気がします。もともとあったけどなんか増えてた気がする。

 

 最初にして最後のアイドル
最後にして最初のアイドル (ハヤカワ文庫JA)
 

これは読んでる途中ですね(短編3つのうち2つは読んだ) 

トンデモ理論オタクSF(グロ描写あり)って感じの短編集で、面白いんだけど読むのにかなり体力を使いながら読んでます。

解説を読んで知ったんですが、表題の「最初にして最後のアイドル」はもともとpixiv発のラブライブ同人作品らしく、内容も同人っぽいテイストが”最初は”あってなんか親しんだ感覚があるな? と思ったらそういうことか! となりました。

 

他の2作もソシャゲと声優を揶揄った内容になっててアニメ見るオタクは面白いかもしれません。

 

 虐殺器官
虐殺器官〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者:伊藤計劃
  • 発売日: 2014/08/08
  • メディア: 文庫
 

これも読んでる途中の途中、序盤しか読んでない。上の「最初にして最後のアイドル」を読んでいて、疲れた合間に読んでるので全然進みません。

 

以前読んですごく面白かった「ハーモニー」という百合SFと同じ作者の作品なのでまぁ絶対面白いだろうと思ってひだまりスケッチと一緒に買ってきました。

よく考えたら、内容的には「ひだまりスケッチ」と一緒に買うべきものでも「最初にして最後のアイドル」の休憩として読むべきものでもないことに色々後になって思いました。

 

ん~まぁなんでもいいか、読みたいものを読めばいいですよね。

 

最近見た映画

映画はあんまり見てないし、Amazonプライムばっかですね。

映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ
映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ

映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ

  • 発売日: 2020/03/26
  • メディア: Prime Video
 

 

一時期ネットで話題になってたので見てみました。

救いがないとか原作は虚淵とか言われていたので身構えて見てしまい、泣き展開に対応できてしまったというよくやってしまう受け手側のミスをやらかしました。

 

すみっコぐらしを全く知らなかったのに各キャラクターの性格とか見せ場がすごく良くまとまってて内容に入り込めたので、構成とかが素晴らしいんだと思います。

すみっコたち……そもそもの境遇が不遇な奴らなんですね……知らなかった。

 

 オレの獲物はビンラディン
オレの獲物はビンラディン(字幕版)

オレの獲物はビンラディン(字幕版)

  • 発売日: 2018/03/27
  • メディア: Prime Video
 

 神からオサマ・ビンラディンを暗殺する使命を受けたと思い込んでいるオッサンが単身パキスタンに乗り込む話です。

実話ベースの話なんですが、脚色が多そうな感じがして、正直……あんまり面白くはなかったかなぁ……。

 

オッサンは行動と言動と諦めの悪さが全て悪い方向に全力疾走している感じの人で、これが実話と考えるともはやこの映画のジャンルはホラーです。

そういう人間のキャラクターを楽しむ映画なんですけど、もしも家族にこういう人がいたら本当に悪夢ですね。知り合いにいても最悪ですね。ツイッターでフォローするぐらいの距離感なら面白いかもしれません。フォロバされたらブロックするかもしれません。

 

 ミッドナイト・イン・パリ
ミッドナイト・イン・パリ(字幕版)

ミッドナイト・イン・パリ(字幕版)

  • 発売日: 2016/05/18
  • メディア: Prime Video
 

 作家志望の男が深夜のパリでタイムスリップして昔の有名な作家たちと交友を深めるっている話です。

タイムスリップしてやることはヘミングウェイに自分の小説の感想を求めたり、ピカソの愛人に恋をしてイイ感じになったり……もっとほかにやることあるだろタイムスリップしてるんだぞ? と思わなくもないんですが、こういうブログとか書いてると昔の文豪とかに自分の書いたものを褒められる体験は羨ましいなぁ……とちょっと刺さりました。

 

後半からは完全に恋愛ものになってしまったので、個人的には前半の承認欲求満たす部分をもっと掘り下げてほしかったかもしれません。

 

最近の気付き

最近は色んな飲食店がコロナウイルスの関係で弁当屋に変身していますが、この前会社の近くの餃子屋も弁当屋になっていて、中華弁当を売っていました。

その餃子屋は会社に近すぎるせいで行ったことはなく、味も良くわかってなかったんですが、お昼休みになんとなくその弁当を買ってみたらなんだかとっても感謝されました。

思ってたよりも感謝された感じがしたのでビックリしたんですが、もしかして昼に弁当を買う出社してる人間って貴重なのでは?

そう思うとあのマスクと手袋でガチガチに防疫してた店主のオッサンの感謝具合も説明がつくぞ。

という気付きがありまして、今までコンビニで昼飯を済ませてたんですけど、これからはできる限り弁当屋に変身した飲食店を利用するのも悪くないかもと思いました。

 

こんな感じ、最近の近況です。

3000字くらいになってるみたいだ……どうしても長くなってしまいますね……。

 

以上、近況でした。

「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」の感想 〜人間(僕)にはまだ早い〜

こんばんは、魚の精巣です。

 

SF映画の原作小説を読んでブログで紹介していこうと思い立ち、色々読んでいます。

前回の「ジュラシック・パーク」で、次はブレードランナーの原作の感想書きます。と言ってしまったので、「この作品、紹介しやすいな〜」というのがあっても先にブレードランナーを消化してしまわないとなんとなく気持ちが悪く、そしてブレードランナーの原作小説の読解にかなり苦労し、結果苦しい展開になっております。

 

ちょっとした後悔……

 

ブレードランナーの原作小説はフィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢をみるか?」です。なんかラノベっぽいタイトルだよね。

f:id:shirako_dayo:20200412012211j:image

アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」というタイトルを聴いてまず何を考えますか? とりあえずアンドロイドが電気羊の夢を見るのか見ないのか気になりません?

電気羊の夢の話なんて映画には出てきていないので、ここが映画と原作の違いだろうから、ブログではここを重点的に書こうかなと思っていたんですが……なんと原作にも電気羊の夢の話なんて出てこないんですよね……。

 

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三連休。ずっと家(うち)だったんだぜ

ツイッター覗けば 蘇る三連休

PCの履歴には 支部(pixiv)のエロ絵と推しの顔

俺たちの休みは どぶ森で終わらせた

懐かしい労働へ 眠ってたい青い春

 

ずっと家(うち)だったんだぜ 相変わらず自粛だな

ホント家(うち)だったんだぜ ついにコンビニ出掛けたけど

ずっと家(うち)だったんだぜ ワニは今も燃えてるな

ホント家(うち)だったんだぜ 気付いてたろうこの虚無に

 

休み足りない気持ちはもう止められない

明日みんな終わらせてもう一回休もう 有休経て

森山直太朗 さくら 合唱 暴走

今週のお題「卒業」

 

こんばんは、最近暗〜い内容のブログばっか書いてる魚の精巣です。

暗い内容ばっか書きすぎたので、たまに明るい明るい話でも書きたいんですが実際なかなか明るい話など無いものです。

 

というわけで、はてなブログのお題箱なるものに手を伸ばしてみました。今週のお題は「卒業」らしいです……卒業の話、あるにはあるので書いていこうと思います。

 

合唱 男子 おもんない

中学の卒業式の話です。僕たちの代の卒業式の合唱は、「旅立ちの日に」「仰げば尊し」といった定番の何曲かと森山直太朗の「さくら」でした。

卒業式に流行りの歌を合唱にする文化って今もあるんでしょうか? とにかく、僕たちの代では「さくら」を歌うことになったのです。

今思えば、「さくら」ってそもそも独唱なのに合唱で歌うって変ですね。

 

合唱って最悪じゃないですか、クソつまんないじゃないですか、特に男子って面白くないんですよ、声が低いから。

これも全て声変わりのせいです。おのれ声変わりめ。声変わりのせいで男子は主旋律を歌えずに卒業していくんですよ、このつまらなさ!

 

女子が「旅立ちの日に」の最後に

この広い〜この広い〜大ぉ〜⤴︎空に〜〜!!⤴︎⤴︎

ってめちゃくちゃ盛り上がってるときに、男子は

この広いーこの広いッ大ぉ〜⤵︎空に〜⤵︎

ってすごいテンション低くなってるんですよ、なんだよ「この広いッ」って。もう我々男子はね、飛び立ってないんですよ……男子はね、ジャンプ台。飛び立っていく女子を下のベース音で支えるただのジャンプ台。

 

そんな感じで合唱の時の男子は面白くない。だからクラスごとの自主練習とかで女子に「ちょっと男子真面目に歌ってよ!」って怒られても全くやる気なんて出ない。だって真面目に練習しても飛び立てないんだもん。ジャンプ台としての強度が高まるだけなんだもん。

 

でも「さくら」は違った。「さくら」では我々男子の輝く瞬間があったんです。少なくとも僕の周りの5人は……

 

主旋律 歌っちゃう?

森山直太朗の「さくら」は前述した通り、もともと合唱曲ではないので、主旋律と副旋律のパート分けがはっきりしていませんでした。今となっては誰がどういう風にパートを分けたのか知る由もありませんが女子(ソプラノ、アルト)が主旋律として一般的な「さくら」のを歌い、男子(テノール、バス)が副旋律として低い音程を歌う事になっていました。

そして僕はテノールでした。

 

テノール(男子)はアルト(女子)に近く、頑張ればアルトぐらいの高さの声も出せるんですよね、なので同じテノールの友達と

「俺らアルトいけるんじゃね?」

「ていうか俺『さくら』原曲キーで歌えるし」

「女子よりも俺らの方が声もデカイし、森山直太朗に近いだろ」

みたいな何気ない会話をしていました。(合唱に森山直太朗っぽさとかあんまり関係ないけど)

 

そして本番の卒業式間近の練習で、じゃあ本番通りに並んで(パートごとに並ぶ)最初から通しでやりましょう。となった時に、何人かで共謀して「こっそりアルトに混ざっちゃおうぜ」と企てたわけです。

 

まぁバレましたよね。一瞬でバレました。

「男子、何人か女子のところで歌ってたわよね?」って音楽の先生にツッコまれましたよ。だって女子の中に男の声入ってんだもん、声変わりしたヤツが……

 

でもこの時の音楽の先生がとてもノリがいい人で

「男子の中で、何人かアルトになりたい人いる?」

って聞いてくれたんですよ。「えっ!?」でした。「俺たちでも主旋律になれるの!?」です。

 

そして、こっそりアルトに混ざろうとしていた僕含む5人は、サビのところだけアルトの主旋律をやってもいいということになったのです! やったー!!

先生が「君らは特別パートだから他の邪魔にならないように固まりなさい」ということで、僕ら5人を十字の並びに固めました。僕はその真ん中でした。

 

もう僕らはウキウキです。

「おい! 堂々と普通のサビを歌えるぞ」

「俺らは特別パート! “選ばれしテノール”!」

「俺、絶対に音外さない! お前ら音程分かんなくなったら俺に合わせろよな!」

「絶対女子には負けない! 俺ら5人で女子超えよう!」

「いや実際イケる! 俺らで『さくら』持っていこう!」

みたいな感じです。浮かれまくりかっ!

 

卒業式 アクシデント

そして卒業式本番、卒業式らしいイベントをひと通り終えたあと合唱タイムに入ります。

「いよいよだぞ……」

僕はちょっと緊張していました。

いざ、体育館のステージに並びます。並びは我々特別パートの十字フォーメーションを含んだ陣形。このまま「さくら」までノンストップです。

定番曲を歌っていき、そして「さくら」へ……

 

しかし、この時、異変が。

あれ? 前のS君、なんか体が小刻みに震えてね?

 

 

えっ、S君泣いてない? ……

 

 

えっS君まさか……

 

 

さっき歌った「仰げば尊し」で感極まっちゃったの?

 

なんとテノール十字軍の一角であるS君が後ろからも分かるほどグズグズに泣いていたのです。

しかもそれだけではありません。僕の両脇からも鼻をすする激しい音が……

 

T君とN君、お前らもか……!?

 

なんと僕の両脇にいるT君とN君も「さくら」を歌い始める前から泣いているではありませんか!

えぇ〜そんなに!? 「仰げば尊し」ってそんなに胸に来る歌だったの? 恐るべし「仰げば尊し」。

 

こんな状態で「さくら」を歌い上げることができるのでしょうか……無情にも伴奏が始まってしまいます。

 

 

僕らは きっと待ってる 君とまた会える 日々を

T君「んボォ〜くぅらハァ〜」

ダメだーーーッ!!!

ダメだ!! 歌えてねぇ! これ無理だ! ヤバイ!!

 

 

歌いながらめちゃくちゃ動揺する僕。しかも更なる事実にこの時気付きます。

 

 

F君(後ろ)「さっさく、さくらぁ〜並っ並木の……」

後ろもめっちゃ泣いてるーーーッ!!!

 

真後ろだったので歌い始めるまで気付かなかったのですが、後ろのF君も嗚咽混じりになっていました。テノール十字軍は壊滅して僕1人になっていたのです。

 

というかなんで俺だけ泣いてないんだ? もしかして薄情な人間なのかな……?

 

などとこの時は思ってしまい落ち込んだ記憶があるのですが、いま思えば緊張していたんだと思います。

 

とはいえヤバイです。サビが近付いて来ます。

 

どんなに苦しい時も 君は笑っているから

 

苦しい。確かに苦しい。だが、あの日僕らで「さくら」の主旋律を歌い上げると決めた誓い。それを容認してくれた先生。テノールではなくバスであるがゆえにテノール十字軍に入れなかった友達の気持ち。全てを背負ってここに立っているのです。

 

霞ゆく 景色の 中に

 

たとえ1人でも、自分1人でも、歌い上げなければならない。主旋律を、男子が。

 

あの日の 唄が 聴こえる

 

 

僕「さくら! さくら! いざ舞い上がれ!(あっっ!! 歌詞間違えた!!!)」

 

 

舞い上がって歌詞を間違えました。デカイ声で

 

その後は、まぁ、もう、ね……恥ずかしさでいっぱいいっぱいでしたよ……最後まで泣きませんでした。

 

あの時のテノールだった他の4人、いまどこで何をしてるんだろうか? 卒業してしまうと、どうしても疎遠になってしまいますよね。

もしかしたら卒業式のこと覚えてないかな? 覚えてるといいな……

 

 

さらば友よまたこの場所で会おう

さくら舞い散る道の上で

 


森山直太朗 - さくら(独唱)