火曜日の仕事中に何度もお腹が痛くなってトイレに行った。そのことを不思議がっていたら、夜中に39℃の熱が出た。
朝まで熱が下がらなかったので、水曜日は仕事を休んで病院へ。とうとうコロナになったか……と思ったのだけれど、コロナもインフルエンザもまさかの陰性であった。
じゃあなんなの? となるところである。
ずっとお腹が痛いので多分感染性胃腸炎ではないかと思うが、結局答えは今も分かっていない。
そこから土曜日くらいまで下痢がずっと続いた。
金曜日の朝に熱は下がっていたので、金曜はリモートワークで仕事に復帰したが下痢は続いていた。
日曜日に、やっと少し下痢が治って硬めのウンチが出た。たが、硬便の後のウンチはまた下痢だった。
結局月曜日になっても下痢の治りは微妙だ。
お腹が痛いわけではない。ただ下痢だけ出てくる。
…………
もう死んでしまった実家の犬を思い出した。名前はクッキーといった。
バニラクッキーのような色をした犬だった。
クッキーはいつも下痢だった(下痢って書き過ぎなので、これからは“ゆるウンチ”と書く事にする)。
クッキーは物心ついた時からゆるウンチばかりしていた。そして、物心ついた時から老犬だった。
クッキーは昔の時代に生きた犬らしく、外の犬小屋で飼われていて、家族の残飯が主食だった。
この残飯がゆるウンチの原因なんじゃないかと言われていたが、クッキーはドッグフードを食べなかったので改善できなかった。
残飯といえども、犬用のエサよりも人間の食べ物の方が味が濃くて美味しいのだろうと思われた。
クッキーはゆるウンチ犬なので、普通の方法で糞の処理ができなかった。僕ら家族はクッキーのゆるウンチをホースの水を使ってジャーっと排水溝に流して処理していた。
たまにクッキーが普通の糞をする時があった。
その時家族は、クッキーをおおいに褒めて、みんなで盛り上がった。クッキーが普通の糞をするだけで家族のニュースになった。
「もしかしたらクッキーのゆるウンチが治ったのかもしれない」
みんなでそう言ったが、その次の日のクッキーはやっぱりゆるウンチをするのだった。
今の僕は、なんだかクッキーに似ているな。
ゆるウンチ繋がりで、クッキーのことを思い出せた。
…………
クッキーはゆるウンチしかしないので散歩の時にウンチを拾うということができない。
でも家族で昔住んでいた家の周りは畑や田んぼが多く(今は再開発で住宅街になってしまったが、それはクッキーが死んだ何年も後の話だ)、クッキーが草葉の陰でゆるウンチをしてもあまり問題にならなかった。
いや、ダメなのだが、ゆるウンチなので物理的に回収ができないのだ。
ある日クッキーを散歩していると、クッキーがある家の前でしゃがみ込んでゆるウンチを始めた。その家の前は思いっきりアスファルトで、というか家の前なので当然なのだが、人の通り道であった。
その通り道の真ん中でゆるウンチをするので大迷惑だ。しかも間の悪いことに、なんとその家のおじさんがちょうどホースで水やりをしていて、おじさんは自分の家の前で他人の犬がゆるウンチをするところをまざまざと見せつけられることになってしまった。
僕は自分の犬がゆるウンチをしているところをおじさんに見せつけてしまった。
流石に僕はマズイと判断して「コラ!」と叫びながらクッキーを引っ張るのだけれど、ウンチの体勢を取った犬というのはだいたい不動である。
クッキーは多少引きづられて動いたが、多少でしかなく、ゆるウンチの軌道ができた。僕はもう観念して
「すみません、うちの犬のゆるウンチを片付けるので、ホースを貸していただけませんか? 全部自分でやりますんで」
というようなことを、ホースで水を撒きながら一部始終を見ていたおじさんに言った。謝罪のニュアンスをこめた。
するとその時のおじさんの返事が意外で、今でも覚えている。
「いいよいいよ、私がやるよ」
そう言っておじさんは僕の申し出を断った。
「いや、でも、申し訳ないので」
「いいんだよ、大丈夫、自分でやるから」
「そうですか……すみませんありがとうございます」
僕はそのまま歩き去った。少しすすんで振りかえると、おじさんがホースの水でクッキーのゆるウンチを近くの排水溝まで流していた。
それは、自分の家でやっていることとあまりによく似ていたので不思議な気分になったのを覚えている。
あの時のおじさんの気持ち、自分の家の前でゆるウンチされている所を思いっきり見てしまった気持ち、10歳かそこらの子供にウンチを片付けるためにホースを貸してくれと頼まれた時の気持ち、それを断って知らない犬のウンチを自分で流す気持ち、どれをとってもどれも今だに分からない。
たぶん一生分からないだろう。そんなこと起きないだろうから。
クッキーは僕が物心ついた時から、ずっとゆるウンチをしていたが、寿命はとても長かった。20年近く生きたと思う。
お坊さんが、あの犬はこの家を悪いものから守っているかもしれませんね。みたいな事を言ったことがある。
そんな犬だった事を思い出せた。