魚の感想

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中学で副審をした思い出

サッカーワールドカップがあっているのでサッカーの思い出話をする。

 

僕は中学でサッカー部に入っていた。

中学のサッカーは公式試合ではない練習試合で、生徒に副審をさせるということがあった。

副審とは、ラインを見る人で、ラインマンとも呼ばれる。ピッチの外を旗持って走っている人のことだ、アレを生徒にさせていた。

 

あるとき僕が呑気に試合の準備の手伝いをしていると、先生が呼んで副審をしろと言う。僕は正直全くやりたくなかった。

ボールがラインを出た時に旗をあげるとか、そういったことは簡単にできるが、オフサイドを見なければならないことが嫌で仕方なかった。

 

オフサイドについて説明しようとすると大量に文章を書かなきゃいけないし、努力に対してうまい説明になり得ないので省く(オフサイドは文章で説明できるルールではない。サッカーの公式のルールブックというものを見たことはないが、おそらくそこでも図で説明してあるのではないだろうか?)。

 

とにかく、オフサイドを判定するのが嫌だった。

オフサイドを取るのに失敗したら何を言われるか分かったものではない。明らかなオフサイドだったら文句なく旗をあげられるだろうが、微妙な判定をすることになったらどうすればいいのか。

 

ピッチで試合をしている選手と後ろにいるベンチメンバーから「おい今のはオフサイドじゃないのか? お前は何を見ていたんだ!? サッカーのルールも知らないなら審判なんかするじゃない!」と両方から言われて前後からのダメ出しサンドイッチになったらもう耐えられない。

そんなことを想像して副審という責任に耐えられなかった。

 

全く自信の無かった僕は、他校のベンチの前で、試合中に、ベンチにいた他校の顧問の先生っぽい人に「もしかしたらうまくできないかもしれないけれど、その時はすみません……」と先に謝ってしまった。

審判なのにそんなこと言っちゃダメだろと自分で自分に今では思うが、当時はそれくらい自信が無かった。

 

他校の先生はそれを聞いて、僕に

「君がオフサイドと言えばオフサイドだし、違うと言えば違うんだよ、だから大丈夫」と言った。

僕は、それが1番問題なんだよと思った。

その時たまたま僕の学校の顧問の先生も近くにいたので、先生も「そうだよ、君が決めていいんだよ」と言ったが、だからそれが問題なんだよと僕は思った。

 

結局その試合で僕が恥をかくことは無かった。オフサイドを取った記憶はないので、誰もオフサイドをしなかったか、あるいは僕がオフサイドを見逃していたかのどちらかである。

いま思えば、2人の先生は生徒に審判というものの権限を体験させたかったのだと思う。

ルールとは、縛られるものではなく行使するものであること、審判はその行使者であり、その決定を覆すことは誰もできない。その権力を持つ経験。それを生徒に与えられるのは中学の練習試合くらいだろう。その貴重な経験を与えることが教師としての役目ともいえる。だから生徒に副審をやらせていたのだろう、人手不足だからではない。

 

しかし、だ、それは当時の僕には全く伝わっていない。

僕は未熟な自分が審判をやって、ルールを行使する権限を意図せず悪用してしまうことを恐れていたので、「君がルールだ、みんな君に従うんだよ」なんて言葉は励ましにはならないのである。どっちかというとむしろプレッシャーだった。

 

大人というものはそうやって意図せずに子供を困らせることが多いように思う。大人と子供の関係だけではない、仕事の上司と部下もそんな感じだ。

成長につながるとか言って部下を谷底に落とすようなことをする上司が山ほどいる。その上司の想いは空回りして部下は傷付くのだ。

そして上司は自分の想い(期待していたんだ〜みたいなこと)について懺悔するように飲み屋で話す。

そんなことばかりだ。

 

たぶん我々は人に教えるということがあまり得意ではないのだと思う。教育者である中学の先生でさえそうなのだ。普通の人なら尚更だ。

教える人が教える内容を知っていても、「教える」ということを知らなければダメだ。

そんなことをサッカーの思い出と一緒に思う。