魚の感想

twitterの外付けの感想置き場として使っています。

怪談募集に投稿しようとしたけど長すぎてやめたやつ

僕が大学の研究室で体験した話です。

当時大学4年生で研究室に配属されていた僕は、夜中の研究室で寝ていました。

というのも僕の研究室はフィールドでサンプルを採って分析するタイプの研究をしていて、そのフィールド調査の集合時間が早朝だったりするので、早起きが苦手な僕は最初から研究室で寝ておいて、後から来た同級生や先輩に起こしてもらうということをよくやっていたのです。

 

寝る場所は、研究室の”サンプル部屋”というところです。

この部屋はフィールド調査で採ってきたサンプルをケースに入れて保管しておいたり、サンプルにちょっとした処理をするためのテーブルがあったりする部屋なのですが、その中に何故か折り畳み式の簡易ベッドがしまってあるのです……。

 

これは僕と同じようなことを考えた歴代の先輩達に愛用されてきたベッドで、その年季が入った様子は誰でも使用を一度はためらわせるものでしたが、僕は慣れてヘビーユーザー化していました。

 

しかしながらこのサンプル室、ベッドがあるにもかかわらず快眠できません。

冷凍保存しないといけないサンプルのために、大き目の冷凍庫が置いてあり、こいつがいつも「ブーン」という機械の音を出していて耳障りなので、実際に寝ようとすると難しいのです。

 

その日の夜も、僕は「ブーン」という冷凍庫の音をわずらわしく思いながら、早朝のフィールド調査のために頑張っていつも通り寝ようと努力していました。

 

正確な時刻が分からないのですが、けっこうな夜中だったと思います。浅く眠っていたらしい僕は、何かの気配を感じて目覚めてしまったのです。

僕が寝ている部屋の前の廊下に、どうやら誰かいるような物音がするのです。冷凍庫のブーンという音が邪魔でよく分からないのですが、どうやら何かブツブツ喋っているような声がします。

 

「こんな時間に誰だ?」と思ったのですが、今の僕と同じような状況の他の研究室の人か、警備の見回りだろうと考えてスルーすることにしました。

 

するとその人が、ガチャ、バタン、とやってどこかの部屋に入っていく音がしたのです。これで僕は確信しました。あの人物は僕と同じ研究室に所属している誰かでしょう。

ドアの音の大きさや方向的に、開けられたドアは研究室のメインの部屋(個人のパソコンとかが置いてある部屋)だし、メインの部屋のカギは研究室の学生か教授しか持っていないからです。もちろん深夜ですから、研究室はすべての部屋を施錠しているので、無理やりでもない限りドアを開けられるのは研究室の誰かということになります。

 

おそらく誰かが忘れ物を取りにやってきたのでしょう、実はこの時の僕は急な来訪者に少しビビっていたところもあったので、研究室の顔見知りであるならば、ささいな復讐として急に挨拶してビックリさせてやろうという気になりました。

そう思ってベッドから起き上がろうとした時でした。

 

サンプル室のドアの上の方はガラスになっていて、廊下の天井が見えるのですが、そこが全く光っていないのです。

 

つまり、いま来ている人物は、廊下を真っ暗にしてここまで来たということになります。その人物は、今はメインの研究室の中にいると思われるのですが、その部屋からもれる明かりすらありません。部屋の外は完全な闇だったのです。

 

深夜の学校に来て、電気を点けようと思えば点けることができるのに、わざわざ真っ暗な中忘れ物を取りに来たりするでしょうか? 僕はとっさにもう一度ベッドの毛布を被りました。「これは何かヤバイかも」と思ったのです。

 

その人物はメインの研究室の中を歩き回っているような感じですが、相変わらず電気は点いていません。かすかな物音や声のようなものが聞こえますが、ブーンという例の冷凍庫の音が邪魔でよく聞こえないのです。

 

僕は体中が鳥肌になっていましたが、頭の中には冷静な部分があり、

「もしかしたら自分が寝ていることを知っている人で、気を遣って電気を点けていないだけかもしれない」

とか

「これは最悪だが、カギを持っている空き巣かもしれない」

などと必死に考えていました。

いずれにしても、不気味な来訪者に対して、早くどこかに行ってほしい気持ちで毛布を被り続けたことは言うまでもありません。

 

すると突然、かなり近くで「ガチャン!!」と音がして「ギッ……」とドアが開く音が続きました。

そいつが僕の寝ているサンプル室にも入ってきたのです。

 

「こっちにも来るのかよ!?」

僕はかなりうろたえました。そいつが部屋の中を移動していることが感覚やブツブツ言っている声の位置の微妙な変化で分かるのです。

僕は毛布を頭から被っていましたが、他の感覚がいつもよりも研ぎ澄まされていました。しかしそいつが何を言っているのかだけは、冷凍庫のブーン音が邪魔でどうしても聞き取れないのです。

もう一つ分かったのは、そいつはスマホのライトといった明かりも使っていないということでした。ライトを使っているならば、毛布を被っていても隙間から明かりが見えるはずです。それが見えなかったのです。そいつは本当に暗闇の中を移動していました。

 

この時の僕は本当に全身鳥肌状態だったのですが、感情的には恐怖というよりも怒りの方が強くなっていました。

「もういいから早くどっか行ってくれよ!!」という感じでした。幽霊的な恐怖よりも、気味が悪い物に対するひたすらな嫌悪感……といった感じです。

もちろん恐怖も十分にあったので絶対に目が覚めていることを悟られてはならないと思い、必死で息を殺して毛布を被っていました。

 

そしてそいつは、僕が寝たふりをしている簡易ベッドへと徐々に近づいてきたのです。

 

そいつが自分のそばに来ていることがはっきりと分かったのは、冷凍庫の「ブーン」の音よりも、そいつの声の方が大きくなり、何を言っているのか聞き取れるようになったからです。

「どこかなぁ どこかなぁ」

とそいつは言っていました。気持ち悪いのは「どこかなぁ」としか言わないことです。

そして、常に一定の間隔で「どこかなぁ どこかなぁ」と繰り返しているのです。

 

「どっか行け! どっか行け! どっか行け!」

僕は頭の中で繰り返しました。

ほんの数十秒後、そいつの気配はまた遠ざかりました。僕を素通りしたのです。そしてまた少しした後

「ガチャ」「バタン」

と音がして、気配は完全に消え、後には「ブーン」というあの冷凍庫の機械音だけが残ったのです。

 

その日の早朝のフィールド調査は非常に眠かったことは言うまでもありません。

それ以来、大学を卒業した後も、冷凍庫や古い蛍光灯の「ブーン」という音が少し怖いです。

特に冷凍庫は、開けるときに一瞬身構えてしまうようになってしまいました。