「パスワードを覚えられない」という人類のワガママを解決するべく世界的企業によって発展した生体認証技術はとうとう結実し、個々人の遺伝子情報をもとにロックを解除できる技術が爆誕した。
端末に触れた指先をスキャンし、登録したゲノムとの照合作業を量子コンピュータが行う。この間ほんの一瞬である。
この認証は鉄壁である。何せ遺伝子情報だ……と、人類は思っていた。
登録した遺伝子情報を書き換えるハッカー集団が現れたのだ。
彼らの狙いは国家の重要データへのアクセスを遮断することだった。
彼らは脆弱なネットワーク内にウイルスを仕込んでいった(遺伝子認証のために量子コンピュータ技術は大きく飛躍したが通信技術は遅れていた)。
そして世界中に拡散されたウイルスはある時一斉に遺伝子情報を書き換えたのだ。
その瞬間、核ミサイルのボタンからお婆ちゃんのスマホに至る全てのロックを人類は解除出来なくなった。
その瞬間、人類は自分が自分である認証を機械から得られなくなったのだ。
結果的にハッカー集団の攻撃は国家よりも個人の精神に多くの損害を与えたという。
解離性障害の患者が世界的に増加したことは言うまでもない。