魚の感想

twitterの外付けの感想置き場として使っています。

花火大会と保険屋の女

会社から出てまっすぐカフェへ向かう。

大通りには浴衣を着た人たちが明らかに多かった。特に若い女が多い。スマホで【福岡 8月1日】と調べると、すぐに「第55回西日本大濠花火大会というサイトが出てきた。浴衣の人たちは皆同じ方向に歩いていく、僕は反対方向の、人を待たせてあるカフェへ歩いていく。

 

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カフェには女を待たせてある。いやらしい関係ではない、保険屋だ。

先日、昼食へむかう僕の足を会社の出口で引きとめて保険の営業をかけてきた女だ。保険なんて全く入る気は無いが、そのときは早くその場を切り抜けたくて住所と連絡先を教えてしまい、まんまと顧客リストに入れられてしまった。みなさんも同じ手口に気を付けてほしい。

 

 

その保険屋の営業にかかり、こうしてカフェで落ち合うことになったのも、いやらしい理由ではない。その保険屋の女がけっこう可愛かったとか、同じ新入社員1年目で親近感が湧いたとかいうことでは決してない。

二十歳のときに、いつのまにか親が僕の名義で加入していた保険の更新という名目で呼ばれたからだ。

 

カフェに入ると中にはけっこう人がいた。花火大会まで時間があるからか、浴衣のひともチラホラいる。その中で一人だけ、8月になったのにスーツの黒ジャケットを着ている保険屋の女が喫煙席に座っていた。

 

「お待たせして大変もうしわけありません、仕事が長引きまして…」

「いえいえ、こちらこそお忙しいところお時間を作っていただき、申し訳ございません」

 

ここらへんのセリフは歩きながら考えた。

僕は席について、アイスコーヒーを頼むと、保険屋の女が話しかけてきた。

 

「今日は花火大会なんですよ、ご存知でしたか?」

「あー……そうなんですね、知りませんでした

ウソだ。

 

「○○さんは花火大会とかお好きですか?」

「ええっと……普通ですね

僕はこうやって、予習していない会話は話が広がらない方向へむかわせるクセがあり、特に初対面の人とは顕著だった。

 

案の定、会話は弾まない。

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保険屋の女はバッグから保険の資料を出した。

暑そうなジャケットを羽織っているくせに、インナーはやたら胸元が開いているため、かがんだときに谷間が見えた。

見たのではない、”見えた”のだ。そこのところ気を付けてほしい。

 

女は僕がいつの間にか加入していた保険の説明を始めた。女は説明しながら顔を見てくるようで、その視線を感じる。僕は向かい合って人の目を見るのが苦手だ。それが初対面の女ともなれば尚更だ。

こんなとき、学生の面接を指導する先生は「視線を少し落とし、タイの繋ぎ目を見よ」と言う。しかし今日の相手にはタイなど無い。あるのはパイとパイの境目だ。しかたなく僕は視線をさらに落とし、保険の資料を熟読することにした。

 

しばらくして、女が新しい保険の資料をバッグから出した。やはり更新は名目に過ぎず、新しく別の保険に入れるための営業だったのだ。かがんだときにまた谷間が見えた。みなさんも同じ手口に気を付けてほしい。

 

女が新しい生命保険の説明を始める。僕は再び資料の熟読に入る。

「こちらのコースですと、月々6,000円となっており…」

6,000円コース……

「さらに死亡保障のオプションを付けますと…」

オプションも付けられる……

「お若いうちに入られたほうが良いかと…」

若いうちに挿(い)れておいたほうが具合がイイ……

 

緊張と帰りたさから、僕はアブナイ妄想に走りつつあった。そして妄想の途中地点で、ふと、この女はなんでこんなところにいるんだろう? という疑問が湧いてきた。

 

なぜこの女は浴衣を着て花火大会へ行かないのだろう?

なぜこの女はタバコ臭いカフェで保険の説明をしているのだろう?

なぜこの女はまだ働いているんだろう?

 

この女はきっと浴衣を着て花火大会へ行きたいに違いない。きっと友達や彼氏に誘われたが、保険の営業があるからと断ったに違いない。

彼氏がいるとすれば、もしかしたらパイの境目を触らせてあげるつもりだったのかもしれない。もしかしたら彼氏はタバコを吸うのかもしれない。もしかしたら僕といるのは苦痛で仕方ないのかもしれない。いや、きっとそうに違いない。

 

「家に持ち帰って検討させていただきます」

 

僕はそう言って今日の話を打ち切った。

保険屋はお礼の言葉をたくさん述べてからカフェを出て行った。僕はアイスコーヒーをゆっくり飲んでから出た。浴衣の人たちはいなくなっていた。

 

外に出ると遠くから

ドーン…ドーン…

と何かが爆発する音が聞こえた。

 

その音を聞くと、大濠公園へスーツ姿で走っていくあの保険屋の姿が、妄想の中に”見えた”。

 

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以上、ほぼ妄想でした。